これまで関わってきた仕事から生まれたエピソード

多くのプロジェクトに関わらせてきたいただいた中で、特に記憶に残った経験をご紹介します。

世界に誇る新幹線、その「顔」を育てた日々

日本の新幹線は、世界に名だたる高速鉄道として、安全性、定時性、そして卓越したサービスを誇ります。しかし、その完璧とも言えるサービス体制が形作られるまでには、長い進化の歴史がありました。その転換点となったのが、1992年の「のぞみ」運行開始です。

「のぞみ」の登場により、東京~大阪間では新幹線と航空会社の間で熾烈な競争が繰り広げられるようになりました。この競争時代に対応するため、新幹線はサービスの質を根本から見直さなければならない局面を迎えました。その中で生まれたのが、「新幹線パーサー」という新しい役割でした。

それまで「車内販売員」として知られていたスタッフが担う業務は一変。単なるワゴン販売にとどまらず、グリーン車での検札やお客様に寄り添うソフトサービスを提供することが求められるようになりました。新幹線パーサーは単なるスタッフではなく、「新幹線の顔」として、接客のプロ意識が求められる存在になったのです。

そんな変革の中、私は縁あって「新幹線パーサー」の教育を担当することになりました。当時、講師としての経験がまだ浅かった私は、手探りの中から「サービス」「セールス」「セーフティ」という3Sマインドを教育の柱に掲げました。この3つを徹底的に意識させ、主にサービス教育を中心としたトレーニングを繰り返すことで、パーサーたちのプロ意識は徐々に育まれていきました。

研修を通じて、彼女たちの姿勢や意識が変わっていく様子は印象的でした。最初は戸惑いや不安が見え隠れしていた表情が、次第に自信に満ちた笑顔へと変わっていくのです。パーサーたちが「新幹線の顔」としての誇りを胸に仕事に取り組む姿を見るたび、その成長に感動を覚えました。

時代の移り変わりとともに、技術の進化によってグリーン車での検札業務はなくなりましたが、今でも新幹線のホームでパーサーたちの姿を見かけるたびに、かつての熱い日々がよみがえります。制服に身を包み、凛とした佇まいで仕事をする彼女たちの姿には、今なお確かな誇りが感じられます。それは、日本が誇るサービス精神の象徴とも言えるものです。

この5年間の経験は、私にとってもかけがえのない学びの連続でした。新幹線の「顔」を育てる一端を担えたことは、講師としてのキャリアにおける大切な思い出であり、誇りです。新幹線が今もなお世界に誇る存在であり続けることを願いつつ、その成長に少しでも関われたことに感謝しています。

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